『山ん中の獅見朋成雄』 舞城 王太郎

山ん中の獅見朋成雄 (講談社ノベルス)

山ん中の獅見朋成雄 (講談社ノベルス)

開いて読んで、ひさびさの舞城文体にクラクラ。舞城において文体は重要ではないと、どこぞの誰かさんは毎度主張していらっしゃいますけれども、やっぱりこれ重要だよ。この、地に足をつけて走っている感。読んでいて心地よい文体って少ない。
というわけで、ナルくんに色々クラクラしながら読みました。面白かったです。物語りとしては不満点もないではないのですが。たとえばラストのほうとか。

ナルくんはモヒ寛の導きによって外の世界にかえっていくけれども、そこにある彼自身の願望や倫理観というものは結局のところ外部要因によって決定されたものたちで、あの逃走劇以降ナルくんの心がみえないとか、読んでいて不安です。
殺してはいけない理由がない限りデフォルトとして人を殺していい、というナルくんの中の設定がリセットされていない。のが怖い。
ウサギちゃんがしっかり指摘していた通り、目の前のものを素直に受け入れすぎるからそうなっただけで、外の世界ではまた元に戻るのだろうかとも思うのですが、ナルくん自身も言っていた通り「元に戻る」ことはありえないしなぁ。
まぁ、守るべき者を持つことでまたナルくんは変化するだろうからいいのかな。
カニバリズムは単に習慣と倫理観の問題なので、どうでもいい。両者の対立会話は面白かったからそれでいい。でも中学生とかが読んで洗脳的にカニバリズム肯定になっちゃうのはいやだな。モヒ寛の言っていることは感情論でしかないからなー。でも、物事のある側面においては何よりもその感情論が大事なんだぜってことを人生で学んでいない人が読んで安易に影響されちゃうとイヤンです。
基本的にはすごく面白かったです。とくに、馬を追いかけて以降は、作中のトンネルを疾走するナルくん同様に話がクネクネと猛烈なスピードで進んで行くのが最高。
あと、私は基本的にハードカバーの本の装丁を好むのだけれども、この本に関してはハードカバーよりもノベルスのポップなデザインのほうが好みでした。ずっと手を出していなかったのは多分装丁のせいなので、やっと読めて満足。