『火の粉』 雫井脩介

火の粉 (幻冬舎文庫)

火の粉 (幻冬舎文庫)

とても面白かったのでございます。正直『犯人に告ぐ』よりもこちらのほうが好みでした。このネチネチとした人間描写!おらおら、何かが起きちゃうぞ。しかもこじれちゃうぞ。というのがあらゆる行間からにじみ出ている前半。
私はこういう多視点小説が、すごいすごい好きなのだと最近気付きました。こういう、ジワジワと人間の心理状態の描写とかから入られると本当に弱い。
有罪であるとするならば死刑、という被告人を「疑わしきは罰せず」で無罪にした裁判官。その裁判を最後に退官し、数年が経過したとき、隣にかつて自分が無罪にした男が引っ越してきた…
というのが出だしなのですけれども。本の紹介には、二転三転する疑惑!と続くのですが、この本の面白さはそれではありません!と断言。まあ、それも面白いんだけど。そんなことよりも、壊れていく家族の心理状態の描写です。その見事なこと。

特に、義母であり嫁でもある尋恵が取り込まれていくさまは秀逸だと思いました。雪見がおとしいれられた罠に多少強引さを感じますけれども、まあいいのです。
そしてもうひとつ「うまいね!」と膝を打ったのは池本夫妻の紙一重っぷりでした。あやうく武内に私も説得させられちゃうところだったよ。あぶねー。
裁判官であった勲が徐々に味方になってくるときの心強さ。尋恵にわく小さな疑惑。いつまでも頼りにならねー夫。いろいろなピースが見事にはまっている本でした。カタルシスも期待通り。
満足です。雫井をもうちょっと読んでみようという気になりました。
あと関係ないけどこの文庫版は遠目に一瞬『夏への扉』に見える。だからなんだ。