高校生クイズを観ました

「なんでわかってくれへんの?!」 里子はキっと母をにらみつけた。
「あんたこそ自分の言うてること、わかってるんか!」 母が怒鳴り返す。
明日は、高校生クイズの決勝日。今日までの数ヶ月間、いや、数年間を里子がどれだけクイズのために費やしてきたか知れない。クラスメイトや女友達にクイズオタクと笑われ、教師にその熱意を勉強にまわせと叱られ、なぜか見知らぬ女生徒にすれ違いザマに調子こいてんじゃねーと呟かれ、それでもクイズ研究部を辞めずにひたすらに雑学を記憶することに専念してきたのは、全て明日のためだ。
高校生クイズは雑学の知識だけでは乗り切れない。運がそうとうな部分を左右するような作りになっている。例え来年には今よりもっと知識が増していたとしても決勝に残れるという保証はまるでない。現に、自分たちよりもずっとずっと知識のありそうだった人たちがあっけなく地方予選で脱落していくのを里子は今日までの数日間目の当たりにし続けてきていた。
昨日までは、母も他の出場者の母親たちとともに決勝会場に応援に駆けつけると張り切っていた、のに。
父方の祖母が倒れたという電話がはいったのは今朝のことだった。
もともと体の弱かった祖母が倒れるのは今に始まったことではない。ここ5年間でこれで7回目なのだ。最初のうちはあわてて集まってきていた親戚一同も、最近では「本当にあぶなくなってから呼んでくれ」と言い出す始末だ。祖母の家に一番近い里子の家では、それでも毎度毎度かけつけていたものだけれど、でも…
「今回くらいはええやんか! どうせなんともないわ!」
里子は、決勝に出るのをやめて祖母に一緒に付き添えと言う母に、思わず怒鳴りつけてしまった。言った瞬間に自分でもそれはまずいかな、と思ったのだ。でもどうしてもこれだけは譲れなかった。それに、自分の熱意を一番そばで見守り続けていてくれたのは他ならぬ母だという思いもあった。けれども母はゆずらなかった。
「なんやのその言い方は! あんた…クイズとおばあちゃんとどっちが大事と思ってるん!」
そんなことを聞くな、と叫びたかった。比較するものじゃない。おばあちゃんだって大事だ。当たり前じゃないか。でも、でも、一緒にがんばってきた二人が。負けていった人たちが。今日までの毎日が。どっちも大事だ。レイヤーが違う。なんでわかってくれないんだ。気づくと、里子の頬を悔し涙がつたっていた。
「そんなに行きたいなら、行かせてやれ」
ずっと傍らで黙って二人のやりとりを聞いていた父が不意に口を開いた。
「お父ちゃん、でも…」
「里子かてわかってて言うとるんやろ。そいでも行きたい言うんやったら、もうええ。行かしたれ」
なぜか、ありがとうという言葉がでてこなかった。さっきまであんなにも行きたかった決勝に行かせてもらえる流れになったのに、なぜか胸の中を罪悪感が満たしていた。
なんで…なんでや……


決勝に残っていた紅一点の女の子があまりにも無表情で無口で家族も応援に駆けつけていなかったのでこんな脳内物語が展開しました。これに、事情はまるでわからないけど里子の雰囲気がおかしいので心配でクイズどころじゃなくなっている眼鏡男子と、事情をうすうす察しているけれどもクイズのことしか考えずに生きてきたがために「クイズを精一杯やることで里子を元気づけられる」とかいう勘違いをしている不器用なリーダー男子などを絡めて、なかなかの青春物語になりました。
ちなみにお名前や方言は100%捏造ですので、そのへんお察しください。