『ベルカ、吠えないのか?』 古川日出男

ベルカ、吠えないのか?

ベルカ、吠えないのか?

すごく不思議な手触りの文体で、それがなんだか心地よいような恥ずかしいような気持ちでずっと読みました。かっこいいし、サクっとはまってくるんだけど、そのハマりっぷりが恥ずかしい。クールさが恥ずかしい。でもかっこいい。
と、この本で一番心に残ったのは文体でした。
ヤクザの娘、大主教と名乗る男、とても多くの犬たち、そしてなによりも、20世紀という時代。の本。
これは犬を中心にしてみた現代世界史の教科書で、私のように歴史にべらぼうに弱い人間にはちょっとハードルの高い部分が。いや、これがこう繋がってこうなるっていうのは理解しているんですけれども、たぶん、この本の中には「あの事件を犬を通して語る」という野心があったと思うのですよ。そして、その野心を存分に堪能するにはあまりにも私の歴史的知識がなかったなぁ、と。残念です。
それでも十分に楽しめました。ただ、どうしても私は人間のドラマを追いかけてしまうので、ヤクザの娘のパートが一番楽しんでいたように思います。憧れますよね、ものすごく強い獣を従えることって。それをやってのける姿に、根拠はないのに説得力がある。襲名したときとか、鳥肌たちました。
ああ、でも、あれです。犬たちのおおいなる系図にも本当にときめきました。闘い、死に、増殖し、死に、生まれ、生殖する。かっこいい。犬の物語を「泣くための道具」にしていないところが素晴らしい。
とはいえ、ライカ犬が飛んだあの年空を見上げた犬たちの、ベルカたちが飛んだあの年空を見上げた犬たちの、イヌ元年の記述なんかはグっと胸をしめつけられるものがありました。犬たち自身には国境も国籍もなくて、ただイヌで。犬たちの健気な生と、老人の国を思うその純粋であるがゆえの暴力性やそれが辿り着く場所である狂気が、きれいに寄り添っていて、涙が出る種類ではない感動をしました。

イヌよ、イヌよ、お前たちはどこにいる?

彼等の血脈は、あそこで終わらない。
希有な読後感だと思います。読んで良かった。